かわいい子たちのテレビや舞台、お仕事の感想を中心に。
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最後にカーネーション
 カーネーションも終わってしまった。
 夏木マリに交代してすぐの、やたら激しいバッシングばかりが目についた時期に、
「悲しいとか寂しいって感情なら理解出来るけど、単なる中傷やイチャモンみたいのまで『批判』として電波に流す神経ってなんなん?」
 と、短気な私が腹を立てたこともあって、ともかく今の気持ちを何か書いておこうと思ったあの頃。

 尾野さんをいい女優さんだと思えばこそ、「これから」って時期にファンが足をひっぱるようなことをすべきでないのに…とも思ってた。

 でも、冷静になってみれば、夏木マリにしろ制作側にしろ、それこそあちらはプロなんだから、私みたい素人がネットの片隅でなにほど書き散らかしたところで大した擁護にもなんないだろ、一朝一夕のバッシングなんかは、きっちり仕事で打ち返すだろうし、とかも考えた。

 バッシングは「今なら云っても平気」という空気がいちばん怖い。
 みんなだってそう思ってるはず! という心理。
 中傷があたかも事実であるかのように触れ回られることもあるし。

 で、実際、最終週を待たずして、あからさまな非難ってだいぶ減ってったように思う。
 逆に、私には嬉しい感想も、たくさん目にするようになってったし。

 お芝居には、演じる技術ではなく、役者の肉体そのものによってしか語り得ない文脈、というのが存在すると思ってる。

 もしかしたら、夏木マリじゃなくても、糸子の晩年をやれた女優はいたかも知れない。
 しかし私は特殊メイクで皺だらけになり、足腰がたつく老婆になった糸子の姿を、「30歳の」尾野真千子で見たいとは、思わないと思う。

 夏木マリの糸子のまなざしが好きだった。
 夏木マリに求められてた仕事は、岸和田弁でも尾野真千子の物真似でも小篠綾子の物真似でもなく、あの、なんともいえない目の表情だったんじゃないかなーと思ったりした。

 三姉妹の年齢が60〜70代になってもキャストもメイクも、演技も、大して変わらないことについても、文句が出たのはわかる。
 でも、このドラマってナレーションが語るように、基本は「小原糸子の立っている世界」の物語だから、お母ちゃんの目には娘はいくつになっても小娘みたいに見えてんだ、という表現としては辻褄が合ってるな、と私は思ってた。
 だからむしろ、三人が変わらないことが嬉しいというか、微笑ましかった。
 新山千春がよかった。

*

 高齢者の生活を、ドラマでああいうふうに描くのをあんまり見たことなかったから、それで、すごい身近なのにすごい新鮮、みたいな感覚があって。
 膝が痛くて、持病があって、それで何種類も薬飲んでて、病院と縁が切れなくて。
 そのくせ、鰻とかカツとか食べたがるのね。

 それにやっぱり、晩年編が、仏壇に向かうところから始まったのが大きいな。

 あーそうそうそう、って、すごい思いながら見てた。
 私もいつかは親を送って、そしていつかは自分も、あっち側に行くんだなあ、と、日頃だったら考えないことを何度も考えた。

 いい最終回だったな。好きだった。

 夢があった。

 誰もいない自動ドアが開いて、風が吹き込んで。
 糸子は奈津のそばに立って、一緒に第一回放送を見てたのかな。

 あれが奈津だということは、登場する前、部屋を映した廊下からのアングルで既にはっきりしていたと思ったけど。
 つーか奈津をすぐに想起出来るように、病室を同じアングルで映したんだと思ってた。

*

 ぱっと見で百人が百人絶賛するような作品は、かんたんに消費され流されてしまう危険性もあると思う。

 でもこれは、始まったときからいつも何かにつけ、賛否両論つきまとったドラマだった(最初に聞いたのは主題歌についての批判だった)。
 これってきっと、作り手があえて目指したことだったんだろうなーと思う。
 挑戦的というか。
 そんでそれは、モデルとなった小篠綾子が、多分そういう人だったからじゃないか、みたいにも思わせてくれた。
 だからやっぱり、いいドラマだったんだろうな。

*

 25週の最後に出演していた、中村優子という人。
 あんな演技、私生まれて初めて見た。
 お芝居であんなふうになれる人がいるんだなあ。不思議な感覚でした。
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