かわいい子たちのテレビや舞台、お仕事の感想を中心に。
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カーネーション
 はやくも今年二回目の風邪でダウンしてました…。
 しかも二回目の奴が結構ひどかったんで、一週間ばかり使いものにならなくて、ようやく日常が戻ってきた感じです。

 しかし風邪が治まったと思ったら、キッチリしっかり花粉がやってきていたわけで…。
 ティッシュが手放せない季節ですなあ…。

 実は見られる時は見ていた朝ドラ「カーネーション」の主演が、今週から夏木マリに代わった。

 私が夏木マリのファンだから余計にそう思うのでしょうが、さすがだなーという感じ。

 方言は気になる人は気になるでしょうが…。
 ただ、方言に関してはともかく、尾野真千子と比べて不満を云ってもしょうがないと思う。
 別人なんだから、当たり前じゃん、としか思わない。
 大体、尾野真千子じゃない、ってだけで、どう演じようが何しようが、違うドラマにしか見えないと腹立たしく(悲しく?)思う人たちだっていると、思うよ。
 それは、ファン心理として私にも理解できるから、反論しようとは思わない。

 夏木マリは、尾野真千子の芝居を踏襲しつつ、物真似にならないように糸子を演じているだけだと思う。

 30歳が70〜90代を演じるのと、別人に交代するのと、どっちだってリアリティの面からみたらおかしな話なわけで、ドラマにおけるそこらへんの線引きみたいなものは、結局「表現されるべきものが何か」に集約されるような気もする。
 実際のとこ、なんで(好評に違いなかった)主役を代えたのか、私にはわかりませんけど。

 少なくとも、尾野真千子の演じている段階の糸子はまだまとっていなかった「ファッションデザイナー・小篠綾子」の空気を、私は夏木マリからは感じられた気がしたのでした。
 着物の着こなしの洗練も楽しい。

 おかげで私も、「ああ、すっかり時間が経ってしまったんだ」という実感が画面から得られたし。

 それ以上に私は、月曜日の冒頭、72歳の糸子の朝の習慣に泣いてしまった。
 今まで元気な姿を見てきた人たちがみんな写真になってて、糸子がその写真に語りかけてて、それで、私はいきなり、おじいちゃんやおばあちゃんが仏壇に線香をあげていた姿の意味を本当にわかったような気がしたのでした。
 私自身の祖父母や曾祖父も、仏間の壁に、あんな写真で並んでた。生きてる姿を知らなかった幼い私には、あれはただの写真だったけど。
 そうか、みんなかつては、そこにいて笑ったり泣いたりしていた人たちだったんだな…。
 言葉では理解していたことが、感覚としてもわかった、というような。

 …私は、実は中年期以降の尾野真千子の糸子は、少しだけ苦手だった。
 演技も方言も自然すぎる。迫力も申し分ないし、本当に演技とは思わせないくらい上手だったんだと思う。
 でも、そのために私は多分、見るたびにちょっとだけ、疲れてしまった。
「女優さんが演じる『糸子』という主人公」という存在を越えて、
「ああ、こういうおばちゃん、苦手やわ…関わりたくないわ…」
 と、感じてしまっていた。
 あと、演技がどんなに上手でも、年齢を重ねたようには見えていなかった。
 だから同世代にしか見えない娘たちのことを「アホや」とか早口でバッサリ云う姿から、あまり親としての愛情も感じてなかった。
 麻生祐未はどんどんお婆ちゃんになってったけどね。

 こんなこと書くと、最初から一話も欠かさず見てたような、「糸ちゃん」大好きな方はきっと歯がゆく思うんだろうな、とも考えてみる。
 でも、他人がどう思っていようと、私の感想は変わらないと思う。

 まあ、舞台あらし、と云われた時期の北島マヤみたいなもんかな…とも考えてる。

 夏木マリは月影先生だもんな!(蜷川演出の舞台で月影先生役だった)

 どうでもいいけど、またガラスの仮面の舞台やんないかな(あれは楽しかった…)。

 ちなみに、舞台で生で見る夏木マリは、ちょっと驚愕するほど迫力ある美女です。
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